大阪地方裁判所 昭和24年(行)26号 判決
原告 大阪市
被告 大阪府知事
一、主 文
原告の訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十三年十二月二十八日付大阪府告示第九百三十五号をもつて自作農創設特別措置法施行規則(以下略して規則とよぶ)第七条の二の三の規定に基いてなした農地区域の指定中大阪市長居公園の一部および大阪市の一部(いずれも別紙図画表示)の指定はこれを取消変更し大阪市城内に存する都市計画事業予定地たる農地の全部を包含する区域を指定すべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因としてつぎの通り述べた。
「被告大阪府知事は昭和二十三年十二月二十八日付大阪府告示第九百三十五号をもつて規則第七条の二の三の規定に基き売渡を保留する農地の区域を指定し、右指定中には大阪市長居公園の一部および大阪市の一部(いずれも別紙図画表示)が含まれている。
昭和二十年改正農地調整法および自作農創設特別措置法(以下略して自創法とよぶ)が施行せられ農地の解放が全国一斉に行われることになつたのであるが、過去数十年にわたり都市計画事業の遂行によつてその発展を図ろうと努力してきた各都市にとつては市内の全農地につき農地解放が全面的に行われるときは都市計画事業が全く阻害され都市の発展はその死命を制せられるにも等しいので自創法は当初から第五条第四号に土地区劃整理地域および都市計画事業施設に必要な地域内の農地については買収除外の制度を設け、さらに連合国総司令部天然資源局農業課長ハーデイ大佐の勧告に基いて昭和二十二年十一月二十六日付農政第二四六〇号農林次官、戦災復興院次長通牒「土地区劃整理施行地区に関する自創法第五条第四号の指定基準等に関する件」(以下三次官通牒という。)が発せられついで昭和二十三年十月五日自創法施行規則が改正せられ新に第七条の二の三の規定が設けられ政府の買収した農地について都市計画上の立場から売渡保留の制度ができた。この措置は正に農地解放と都市の発展のための都市計画事業乃至土地区劃整理事業の矛盾を国家的な立場から自創法体系自身において調整せんとする目的に出ずるものであつて、これによつて農地売渡保留地域の指定は府県知事が都市計画関係農地審議会の意見を聴いて「別に定める基準」に従つてこれを行うことゝなつたのであるが、府県知事の指定如何によつて都市の運命が左右せられるという重大な問題にでくわすことになり府県知事の指定をめぐり全国的に激烈な紛争が起り遂には地主と小作人、都市と農民との対立にまで発展するに至つた。わが大阪市城内の農地についても大阪府都市計画関係農地審議会において紛争がつゞけられ、原告はこれに対し大阪市百年に基く要求は一応これをおいて当面の著しい人口増加に備えて最も緊急を要する住宅学校公園道路用地および生産復興に伴う諸施設用地として最少限の要求をなし被告による指定が大阪市の発展を阻害することなく適正に行わるべきことを要望したのであるが、被告は前記の通り農地売渡保留地域の指定を行い大阪市城内の農地に関する部分の保留指定は「大阪市の一部」および「大阪市長居公園の一部」として大阪府下全部に関する指定行為の一部として指定したものである。
しかし、被告のなした前記農地保留地域の指定中大阪市城内の農地に関する部分の指定にはつぎに述べるような違法な点があるから取消さるべきものである。すなわち、
一、先づ、公共の福祉を無視しかつ規則第七条の二の三の規定に違反してなされている。
わが大阪市は戦前約三百五十万の人口を擁し商工業の発展はひとり国内のみならず世界の商工業貿易業の一大中心都市として雄飛していたものであつて、今次大戦の結果不幸にして市街地の大半がかいじんに帰してしまつたといえ、大阪市の産業経済都市としての発展如何は日本再建の運命をも左右するものであり、大阪市の使命は重かつ大である。しこうして、大阪市の産業経済都市としての発展は一に都市計画事業の成否如何にかかつているのである。
一方、大阪市は他の大都市がしばしば隣接町村を合併して市域拡張を行つてきたのに反し、大正十四年元東成郡および西成郡の一部を編入したのを最後に市域の拡張を行つたことなく僅かに市周辺部に残された僅少の空地を宅地化することだけが残された唯一の手段となるに至つているのである。従つて、大正十五年都市計画法が改正せられ土地区劃整理事業の執行が不能となつてからは市周辺部に土地区劃整理組合の設立を促進しその事業を助成して長きは二十数年にわたりその宅地化につとめ、現在までに設立せられた組合数は百二、工事完了せるもの四十六組合、工事施行中のもの五十組合あり、工事施行中の組合もその事業は着々と進ちよくし道路、上下水道、地盛り等が実現しつゝあるのである。
しかるところ、戦後における大阪市の著しい人口増加傾向は近く二百五十万の人口が予想せられているのであるが、市中心部の宅地は、特別都市計画法に基く戦災地復興土地区劃整理事業の施行により緑地帯、公園道路敷地の拡張、六、三制の実施による学校敷地の増加その他公共建物敷地のため、その約三十パーセントが減少せられかつ市域の三分の一に当る一千六百万坪は現在建築制限中であり、特に「戦災都市における建築物の制限に関する勅令」第三条第一項第四号の規定により従来の建蔽率が商業地域については八割が五割に、工業地域については七割が三割に、住宅地域については六割が三割に、未指定地域については七割が三割に低下せられたことによつて住宅地は甚だしく制限を受けることになり増加人口の収容は必然的に市周辺部の土地区劃整理地区の宅地化に頼らざるをえなくなつた。
右の実状を熟知している被告が前記指定を行うに際して真に公共の福祉と大阪市の発展を考慮していたとすれば大阪市周辺部の農地は必ず、売渡保留の指定がなされなければならない筈である。しかるに被告はこれ等の土地を殆んど農民に解放する指定を行つたのである。この指定によつて大阪市は将来の発展はおろか日々増加する人口を収容する住宅は勿論のこと学校も公園も道路もその他一切の都市施設が建設困難となり、市民は住むに家なくせまい区域に雑然と密住することになるのであつて新憲法の保証する健康で文化的な市民生活の実現は不可能となつた。
農地解放を日本民主化の至上命令として制定せられた自創法が特に都市の農地について買収除外の制度を設け、さらに同法施行規則第七条の二の三の規定を追加して特に売渡保留制度を設けた所以は正に右のような事態の生ずることを避けるためであり都市においては都市計画事業を強力に推進せしめることこそ都市乃至国家の発展に不可欠のことであるからこれをもつて農地解放に優先せしめるがためである。従つて、被告の右指定処分は規則第七条の二の三の規定に違反し公共の福祉を無視してなされた違法であるものといわねばならない。
二、つぎに、規則第七条の二の三の規定する「別に定める基準」を無視してなされている。
規則第七条の二の三は府県知事が農地売渡保留地域の指定をなす場合は「別に定める基準」に従つて行わなければならない旨を規定しており、昭和二十三年十月二十九日付農政第三四六九号農林次官通牒は右の別に定める基準とは前記三次官通牒の記の二((2)を除く)の基準であることを明示している。しこうして、三次官通牒の記の二に示されている基準はつぎの通りである。
(イ) 公用または公用予定地で昭和二十七年十二月三十一日までに事業計画を実施する見込の確実なもの。
(ロ) 土地区劃整理地区またはその地区の部分で四十パーセント以上宅地化されているもの、
(ハ) 市街地建築物法による工業地域
(ニ) 主要幹線道路の奥行百米航行可能の運河奥行二百米以内の区域
(ホ) 鉄道軌道の駅を中心とする半経三百米以内の区域
(ヘ) その他各種設備等よりして宅地化に適している土地
これらの基準に従うときは大阪市域内の全農地がこれに該当しすべて売渡保留地域として指定せられなければならないものである。しかるに被告はこれを全く無視して前記指定をなしたものであつて違法である。
三、被告が売渡保留地域の指定処分をなすには第七条の二の三の規定により都市計画関係農地審議会の意見を聴くことを要件とするものであるが、被告のなした右指定処分はこれを無視してなされている。
前記のように大阪府都市計画関係農地審議会において紛議が重ねられていたところ、被告は昭和二十三年十二月二十八日突如として大阪市域内の農地売渡保留地域の指定についての被告の原案を提出しこれをめぐつて農民側代表委員と都市計画関係代表委員との意見が対立し農地審議会の意見がまとまるに至らなかつたにもかかわらず、被告はこれを無視して指定をなしたのである。また、規則第七条の二の三の規定に「農地審議会の意見を聴く」というのは農地審議会の慎重な判断に基く声を聴かなければならないものであつてそのためには各委員がその審議の基礎となる資料をすべて与えられていなければならないにもかかわらず、被告は農民側に不利となるような資料は故意に提出しなかつたため右のような審議の結果になつたがこれ等の資料が提出されていたなら審議はこれと異る結果になり被告もまた異つた指定をなさざるをえなかつたのである。従つて、被告のなした右指定処分は農地審議会の意見を聴くことなしになされたものであつて、違法である。
以上いずれの点よりするも被告のなした右売渡保留地域の指定中大阪市内の農地に関する部分の指定は違法である。
そして自創法第五条は「国または公共団体が公共用または公用に供している農地」並びに「都市計画法第十二条第一項の規定による土地区劃整理を施行する土地その他主務大臣の指定するこれに準ずる土地または都市計画による同法第十六条第一項の施設に必要な土地の境域内にある農地で都道府県知事の指定する区域内にあるもの」等については買収をしない旨の規定を定めており、後者の指定基準については前記三次官通牒が明白にこれを示している。この規定によると大阪市域内の大部分の農地が買収から除外さるべきであるにかかわらず被告は敢えて買収をなしたものであつて、被告のなした買収処分は右法条に違反するものであり本来無効のものであるが、買収処分の取消がなされていない以上形式上国に所有権が存するから原告は市住民の公共の福祉を実現し道路公園学校住宅等の都市施設を完備し都市計画事業を遂行するため最も緊急欠くべからざる土地を売渡保留地域を除外して原告乃至大阪市民に莫大な損害をもたらすところの右指定処分を取消しこれ等の土地の全部を含む合法的な指定行為に変更することを求むるため本訴に及んだ次第である。」と述べ、
被告の本案前の抗弁に対し「かかる訴が許されることは行政事件訴訟特例法第一条及び第二条に「行政処分の取消または変更」といい取消に対して特に変更としていることから明白である。行政処分の取消はその処分による法効果を支配する行為であるから本来は処分行政庁またはその監督行政庁の権限である。それを司法裁判所の権限として制度上認めたことはそれ自体いわば司法権による行政権の侵害を認めたものに外ならない。行政事件の審理の権限を認められた裁判所は法を適用して当該行政処分による法律関係を正しく解決する権限を認められたものであつて、その方法として取消の判決を与えうる裁判所はまたその処分の変更の判決を与えうる。一は行政権の侵害ではないが一はその侵害であるとする根拠はない。また裁判所が行政庁に対し特定の行為を命ずる判決をなしえたことは旧憲法下における行政裁判所の判決にしばしば見るところであるそれにもかかわらず新憲法下においてこれが認められないとすれば行政事件訴訟特例法第一条の規定は行政裁判所の制度を廃止して公法領域において民事事件のそれと同様にその保護を徹底せしめようとする憲法の精神に違反する。」と述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は本案前の抗弁として「行政事件訴訟特例法に変更とあるのは一部取消の意で積極的に別個の行政処分を求める訴を認める趣旨ではない。裁判所は一般処分権のある行政庁ではないから更正判決をなすことは許されない。裁判所のなしうるのは単に係争処分の無効を確認しまたは取消破毀判決に限られるのである。しかるに、原告の本訴請求は被告のなした指定処分の取消のみでなくこれを変更する新な行政処分を求めるものであるから行政争訟の本質上許されないところであり、不適法として却下せらるべきである」と述べ、つぎに本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「被告大阪府知事が原告主張の日規則第七条の二の三の規定により原告主張の通りに農地売渡除外地域の指定をした事実は認める。しかし本件指定処分が違法であるという原告の主張は争う。すなわち、
一、大阪市が産業経済都市として日本経済再建に重要な役割を演ずべき地位にあり従つてその発展に必要な都市計画事業の遂行が閑却できないものであることは被告もこれを認める。しかしながら、一方農業生産力の発展と農民の自主的傾向の促進を目的とする農地改革は日本経済再建の基盤であるとともに連合国の主要なる占領目的である日本民主化政策の一環として連合国最高司令官より厳正かつ果断なき実施を要請せられているのである。従つて、現下の日本においては農地改革の早急なる遂行は公共の福祉に重大な関係を有する緊要事業である。しかも、この滅縮した国土に数百万の帰還者を収容し、多量の主食を輸入に俟ち近き将来において食糧問題の解決が至難な現状に鑑みれば、たとえ都市周辺の農地といえどもこれを局地的事情のみを考慮して売渡除外指定をなすことの許されないことはいうまでもない。よつて、被告は大局的見地より、右両者の緩急、得失を勘案し、さらにその公正妥当を期すため都市計画関係農地審議会に諮問した上で本件指定処分をなしたものであつて、何等公共の福祉に反する違法はない。
二、昭和二十三年十月二十九日付農政第三四六九号農林次官通牒に規則第七条の二の三に規定する「別に定める基準」とは三次官通牒の記の二((2)を除く)の基準であることを示してあることは認める。しかし、右の通牒によると、この基準に該当するものはすべて指定の上売渡を保留するというのではなく、農地改革の趣旨と都市将来の発展とを比較衡量した上で、売渡保留を決定するよう指示しているのである。元来この基準を示したものであつて、この基準の範囲内において妥当に指定すべき旨を訓示したものである。被告は厳にこの通牒の趣旨を体して本件指定をなしたものであり違法の点はない。
三、規則第七条の二の三第四項に都市計画関係農地審議会の意見を聴かなければならないとあるは、被告が売渡保留地域の指定をなすに当つては、右審議会に諮りその意見を徴しこれを考察判断の資料にして指定の公正かつ妥当を期することを必要とする旨を定めたものであつて、それ以上被告が右審議会の意見に聴従すべきことを規定しているものではない。要するに右審議会は被告諮問機関に過ぎず、しかもその意見を聴く形式については何等の定めもないのであるから、これを設けた法意に反しない限り形式方法の如何を問わず審議会において表示せられた意見(たとえそれが審議会の決定した意見にあらずして各個の委員のそれであつても)を聴取し、これを被告の判断の資料に供すれば足りることであり、その意見の採否は被告の自由になしうるところである。従つて、右審議会の意見がまとまらず、或はまた被告がその意見そのまゝ採用しなかつたとしても、被告のなした本件指定処分が違法であるということはない。
仮に、しからずとするも被告は右審議会の意見を充分に聴いて本件指定をしたものである。いわゆる三次官通牒に基いて大阪府特殊農地委員会が設けられ昭和二十三年一月二十三日以来主として自創法第五条第四号の買収除外地区の指定につきまた、これに関連して売渡保留地域の指定に関し現地ならびに図面につき数十百回にわたる調査検討がなされ、その後自創法施行規則の改正により都市計画関係農地審議会が設けられるに至つたがその構成委員および機構は特殊農地委員会のそれがそのまゝ継続せられたので各委員は地区の状況はくわしく知つており売渡保留地域の指定についての意見も充分述べられた。しかるところ、売渡保留地域の指定につき、昭和二十三年九月十六日大阪市の希望案が提出せられ、ついで同年十月八日特殊農地委員会の幹事私案が提出せられ審議に入つたのであるが都市計画側の意見と耕作者側のそれとの間には大きなへだたりがあつて妥結に至らないので、被告は同年十一月八日以来数次にわたつて大阪市理事者都市計画関係農地審議会委員、および府県農地委員等と或は同時に或は個別に非公式の折衝を重ねたが両者は各自の主張を堅持してゆずらず到底妥結の見込がないので、同年十二月二十六日被告独自の原案を作成したのであるが、この原案作成に当つては予め大阪市側の意向を質したところ被告の裁定に異存のない旨を述べた。よつて、被告は同月二十八日これを審議会の議に附したのであるが両者の主張並びに意見は従来と少しも変らないのでやむなく被告の原案通り指定処分をなしたものである。被告は、本件指定処分をなすに当つては、以上のように特殊農地委員会および都市計画関係農地審議会において長日月にわたり充分各委員の意見を聴取したのみならず、さらに原告大阪市ともこん談して間接に審議会の意見を聴いた上で、これが指定をなしたものであつて原告主張の如き違法の点は少しもない。
なお、本件指定区域内に買収無効の農地は存しない。
従つて、被告が規則第七条の二の三の規定に基いて別に定める基準(昭和二十三年農政第三四六九号農林次官通達)によりなした本件指定は何等違法はない。
よつて、原告の本訴請求は失当であり棄却さるべきものである。」と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告は本訴において、被告が自作農創設特別措置法施行規則第七条の二の三により指定した売渡保留地域を狹きに失するとして、被告の指定した地域(既定地域)をふくむさらに広大な地域を売渡保留地域とする新たな指定をもとめ、その新たな指定のために被告のすでになした指定の取消をもとめるものである。すなわち、原告は既定地域に関する限りにおいては、これを売渡保留地域とすることは少しも異存がなく、従つてその点被告のなした指定自体には少しも不服があるわけではなく、本訴の眼目は、原告の主張する地域のうち被告の指定からもれている地域(新地域)に対してなお売渡保留地域としての指定をもとめる点にあるわけである。この点に即して本訴請求の趣旨を端的に新地域に対する売渡保留地域としての指定をもとめるものと解すれば、行政庁に対し新たな行政処分をもとめる訴であることは明らかである。これを原告の構成に即して、既定地域に限局された被告の指定についてその内容を変更し、既定地域と新地域とを合せた全地域に対する指定に変更することをもとめるものとしても、新地域に関しては新たな裁量にもとずく新たな指定をもとめるものであり、(全地域にわたる指定を分割になじまぬ統一的な一個の裁量にもとずくものと考えても、その既定地域に対する指定におけると異る裁量の結果は一に新地域の附加にあらわれるわけだから、おなじことである)、やはり原告の本訴請求は行政庁たる被告の新たな行政処分をもとめるものと解せざるを得ない。
そこで、このように行政庁に対し新たな行政処分をもとめ、またはこれにかわる裁判をもとめる訴は、司法機関たる裁判所に行政機関のなすべき行為をもとめるもので、法が特に規定する場合は別として一般には許されないものというべきで、本訴のごとき訴はこれをみとめた法の規定も別にないのであるから不適法といわねばならない。
これについて、原告は、行政処分取消の判決も行政処分の法効果を支配する点新たな行政処分(行政処分を取消す行政処分)にかわるもので、既存の行政処分にかえ新たな内容の行政処分を命じまたはこれにかわる判決も、その点性質を異にするものではなく内容に量的な差異があるにすぎないから、一を司法権による行政権の侵害でり他をそうでないとする根拠はなく、また、旧憲法時代の行政裁判所は既存の行政処分にかえて新たな行政処分を命ずる判決ができたものであり、その行政裁判所の機能を受けついだ現在の裁判所がその行政裁判所のなし得たところをなし得ないわけがないのであり、さもないと、その点では行政事件については旧憲法時代よりも司法的救済の途がせまくなり憲法の精神に反する。行政事件訴訟特例法第二条が、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴といい、行政処分の変更をもとめる訴とみとめているのはこれに照応するもので、そこにいう変更の訴とはすなわち新たな内容の行政処分をもとめる訴と解すべきである。と主張するがこれに対する当裁判所の見解はつぎの通りである。
行政処分取消の判決は行政処分としてなされた行政庁の行為が、その行政処分たる法律要件をみたしていないことを認定してその法律効果の発生しないことすなわち無効なことを確定する観念の表示で、既存の行為の事後的な法律的批判にとどまるものであり行政庁が行政処分を取消す新たな行政処分をした場合に、判決と同様な法律的判断にもとずいたとしてもその取消処分としてはあらたな意思の表示であるのと性質を異にする。同じ取消という言葉をつかつてもその内容においては右のような性質の差異があるわけである。
そして、行政処分取消の判決が行政処分の法的効果に影響をもつのは、判決の効力がおよぶ限り法律的判断については裁判所の判断が私人および他の国家機関の判断に法的に優越し、何人もこれに反する判断にもとずいて適法に行動することができないという現在の法律制度の機構を通じて、その法律的判断が判断として関係者を法的に拘束するという仕方によるもので、行政処分を取消す行政処分が、その行政処分の効力として取消された行政処分の効力を直接なくするのと影響の仕方を異にする。
さて、裁判所は行政機関をおかしてはならない。行政処分についてはそのイニシヤチブは原則として行政機関に専属し、あくまで尊重されねばならない。そのイニシヤチブをうばうような裁判をしない点に司法権の行政権に対する限界線が劃されているものと考える。たとい、既存の行政処分の効力を法律的に判断する過程において新たになすべき行政処分の内容が当然確定されうるような場合でも、行政庁のその行政処分についてのイニシヤチブをおかすような判断を裁判をもつて示すことはできない。従つて、裁判所は原則として行政処分に対しては上にのべたような事後的な法律的批判としての取消の判決ができるだけで、右の限度をこえ既存の行政処分にかわるべき新たな行政処分の内容を確定したり、その処分を命じたり、これにかわる裁判をしたりなど、その新たな行政処分についての行政庁のイニシヤチブをおかすような裁判をすることは許されないものといわねばならない。行政事件訴訟特例法第二条に処分の変更をもとめる訴といつているその変更とは処分の一部取消すなわち一部無効の確定の意味と解すべきで、同条が右にのべた司法権の限界に例外をみとめたものと解することは無理だと思われる。
なお、旧憲法のもとにおける行政裁判所が、既存の行政処分にかわる新たな行政処分を命ずることができたからといつて、現在の裁判所もそれができるとせねばならぬ理由はない。行政裁判所は制度上行政機関の一つであつたのであるから行政機関に属する権限を行使しても司法機関と行政機関との間の権限の限界の問題はおこらない。そして裁判所は憲法改正によつて行政裁判所の機能を受けつぎはしたが、行政裁判所のすべての機能をそのまま受けついだというものではない。上のような裁判ができた点では行政裁判所の方が行政処分に対する司法的救済の機関として便利だつたということはいえるかも知れないが、その点の便宜だけから上記のような制度のたて前を不明確にするような解釈はできない。以上が原告の法律上の主張に対する当裁判所の見解である。
ところで、最初に示したとおり、原告の本訴を行政処分の変更すなわち新たな行政処分をもとめる訴と解して、その不適法なことを明らかにしたのであるが、なお、本訴は、その請求の一部として被告のなした売渡保留地域指定の単純な取消のみの請求をもふくむと解される余地もあるので、その点の請求に関しても一応判断をしよう。
被告のなした売渡保留地域の指定によつて地方公共団体たる原告大阪市自身のいかなる権利ないし法的利益が侵害されたのであろうか。その指定は自作農創設特別措置法によつて政府が買収した農地の売渡に関する措置であるが、その農地について原告が直接私法上の権利関係を有するものでないことは原告の主張自体から明らかであつてその所有権の変動自体に対し私権関係としてはまつたく利害関係がない。そこで公法上の権利関係について考えてみても被告の右の措置によつて特に侵害される原告の公法上の権利というものを考えることはできない。原告の主張にそつていうと、原告は、被告の右指定地域が狹すぎ耕作者に売渡される農地が、原告がその都市計画において構想する住宅地域等市街地となすべき地域に広汎にくいこむことになつて、大阪市の都市としての規模が不当に圧縮され、その発展がはなはだしく妨げられるというのであり、被告の指定した地域についてだけいえばその指定には利益こそあれ何等不利益をこうむつていないことになる。従つて原告には被告の右の指定による権利ないし法的利益の侵害がなく、右指定の取消をもとめる正当な利益がないものと考えるほかはないのでこの点で原告のこの訴も不適法たるを免れない。
そこで、原告の本訴をすべて不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)